北極圏の最新ニュース

白亜紀末の極地方の生態系

 現生の草食動物は、異なった植物を食べることで、同じ地域でも棲み分けし、多様な種類が共存しています。

 しかし、捕食性の肉食動物は比較的同じ種類が分布しています。白亜紀末(マーストリヒチアン後期)の極地方においても、似たような状況が見られたようです。

 今回、アラスカ北部にあるプリンスクリーク層( Prince Creek Formation)における恐竜の生息環境について考察した論文が報告されています。 

 ここは世界で最も豊富に極地方の恐竜化石が残るところとされています。


 ほとんどハドロサウリアであるエドモントサウルス属からなるボーンベッドは、湿潤な低地デルタ平野相から見つかっています。  

 そして、ケラトプシアのパキリノサウルス(Pachyrhinosaurus perotorum )がほとんどのボーンベッドは、高地海岸平野相から見つかっています。  

 これらの分布などから、エドモントサウルスは、低地の三角州環境を好み、パキリノサウルスは、より高地の環境を好んだと考えられています。  

 極地方の地上生態系では顕著な季節性がみられるのですが、この分布は、この季節性に生理的に適応した結果とされています。  
 
 一方、大型植物食恐竜とは対照的に、ティラノサウリダエ(科)の Nanuqsaurus hoglundi (ナヌクサウルス・ホグルンディ)は、どこにでも分布していたようです。  

 ナヌクサウルスについては、ナヌクサウルス/アラスカから小さなティラノサウルス類(2014年3月)で紹介しています。推定全長は約7メートルと、比較的小型です。



  1. References:
  2.  
  3. Anthony R. Fiorillo, Paul J. McCarthy & Peter P. Flaig (2015) 
  4. A Multi-disciplinary Perspective on Habitat Preferences among Dinosaurs in a Cretaceous Arctic Greenhouse World, North Slope, Alaska (Prince Creek Formation: Upper Maastrichtian). 
  5. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology (advance online publication) 
  6. doi:10.1016/j.palaeo.2015.07.024
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 恐竜化石が発見されている最も高緯度な場所は、北緯82-85度。そこでは、冬に太陽が昇らない期間が120日にもなるそうです。

 北極圏にも恐竜がいたことは知られていますが、当時はどのような環境だったのか、定量的な話は多くありません。

 北緯82度以北では恐竜の卵化石は見つかっておらず、渡りをしなかったとすれば、産卵や子育てはどうしていたのか、また、小動物なら穴を掘って越冬できそうですが、より大きな恐竜には越冬のための避難所は問題です。

 今回、白亜紀後期の北極圏の環境と、北緯76度で見つかっている卵化石から、北極圏での恐竜の産卵や子育てについて考察した論文が報告されています。


 木の年輪や葉の化石から、当時の気温や日照時間、植物が茂っていた期間などを推定したもの。  当時の北極圏の年間平均気温は、6-7℃で、暖かい季節の平均は、14.5 ± 3.1 ℃、冬の平均は -2 ± 3.9 ℃とされています。  

 夏の気温は頻繁に+ 10℃を下回り、冬の気温は短期間ですが、-10℃と低かったとされています。  

 春に植物が芽吹くのは、2月終わりから3月初めで、10月初めには落葉し、恐竜たちが新鮮な植物をエサとできる期間は、半年だったようです。  

 渡りをせずに、年間をとおして棲むには、卵を産み子育てする環境が必要ですが、北緯82度以北では恐竜の卵化石は発見されていません。  

 6度南(ということは、北緯76度)にあるロシア北東部の白亜紀後期(マーストリヒチアン初期)の地層(Kakanaut Formation)から、見つかっています。  

 ここでは、冬の暗闇は45日とより短く、気温は高めで(年平均 10℃、夏の平均は 19℃で、冬平均は + 3℃)、10℃以上の気温となる生育期は6.3ヶ月で新鮮な食べ物が利用可能とされています。  

 冬が来る前のすばやいインキュベーションと孵化といった戦略が示唆されています。



  1. References:
  2.  
  3. Alexei B. Herman, Robert A. Spicer & Teresa E.V. Spicer (2015) 
  4. Environmental Constraints on Terrestrial Vertebrate Behaviour and Reproduction in the High Arctic of the Late Cretaceous. 
  5. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology (advance online publication) 
  6. doi:10.1016/j.palaeo.2015.09.041
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 真冬には一日中太陽が昇らず、逆に、真夏には太陽が沈まない北極圏からでも、恐竜化石の発見は珍しくはありません。

 アラスカ北部、最も高緯度の恐竜化石産地/アラスカ(2015年1月)で紹介しているプリンス・クリーク層(Prince Creek Formation)からは、これまでに、13種類以上の恐竜化石が見つかっており、そのうち、後に示すように、3つのタクソンが新種として記載されています。 

 マーストリヒチアン(約6900万年前)の地層で、極地方としては世界で最も多数の化石を産出する場所です。

 そこでは、エドモントサウルス属(Edmontosaurus sp.)の幼体が多数見つかっており、渡りをしなかったエドモントサウルス(2013年9月)で紹介しているように、極寒の冬でも渡りをしなかったようです。

 今回、そのプリンス・クリーク層で発見されたハドロサウリダエ(科)のエドモントサウリニ (亜科)の新種が記載されています。YouTube で発掘の様子ななどが紹介されています。

 4種目となる恐竜の学名は、Ugrunaaluk kuukpikensis で、発音は、"oo-GREW-nah-luk"で、日本語では、ウーグルナールク・クークピケンシスとします。

 体長は9メートルほど、近縁とされるエドモントサウルスとは異なり、眼窩後部ポケットを欠く比較的狭い後眼窩骨の頬骨突起を持つといった特徴があります。

 アラスカという極寒の環境で暮らしていたからでしょうか、同じララミディアでも、地域性があったようです。


 アラスカからの新種は、2006年に記載されたパキケファロサウリダエの Alaskacephale gangloffi(アラスカケファレ・ガングロフィ)と、セントロサウリネ(centrosaurine)の Pachyrhinosaurus perotorum (パキリノサウルス・ペロトラム、2012)、ティラノサウリネの anuqsaurus hoglundi (ナヌクサウルス・ホグルンディ、2014)です。  

 今回の新種の属名は、アラスカの原住民のイヌピアック(Iñupiaq)語で、"ancient grazer(太古のグレイザー)"の意味。同じ植物食でも、グレイザー(粗食選択)はブラウザー(良質選択)と異なり、食べられるものを無差別に刈り取って食べるタイプです。  

 骨格的に未成熟な標本からの記載ですが、他のハドロサウリダエの成長パターンを考慮して、解析されています。  

 系統解析からは、既に報告されているエドモントサウルス属の、 Edmontosaurus annectens (エドモントサウルス・アネクテンス)と E. regalis (エドモントサウルス・レガリス)からなるクレードの姉妹群とされています。    

 ウーグルナールクは、他のエドモントサウルスに見られる幼体の特徴は示さないとされています。 しかし、詳しくは、 E. annectensE. regalis の幼体など、さらなる標本の発見が必要とされています。



  1. References:
  2.  
  3. Hirotsugu Mori, Patrick S. Druckenmiller, and Gregory M. Erickson (2015) 
  4. A new Arctic hadrosaurid from the Prince Creek Formation (lower Maastrichtian) of northern Alaska 
  5. Acta Palaeontologica Polonica (in press) 
  6. doi:http://dx.doi.org/10.4202/app.00152.2015
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 ジュラ紀に比較的温暖で浅い海であったノルウェーの北極圏にあるスバールバル諸島からは、魚竜やクビナガリュウ、アンモナイトなどの化石を多数産出します。

 今回、最大の島、スピッツベルゲン島のジュラ紀後期の地層( Agardhfjellet Formation)で発見された魚竜化石が記載されています。

 全長は3-4メートルほど、Janusaurus lundi (ヤヌサウルス・イウンディ)と命名されています。

 論文では、魚竜の系統、オフタルモサウリダエ(Ophthalmosauridae、科)は、オフタモサウリナエ(Ophthalmosaurinae、亜科)とプラチプテリギイナエ(Platypterygiinae、亜科)の2系統とされ、ヤヌサウルスは、オフタルモサウリナエ(Ophthalmosaurinae)の位置づけです。  
 そのオフタルモサウリナエの中で、スバールバルで発見され、いずれも2012年に記載された Cryopterygius kristiansenaePalvennia hoybergeti、そして、もうひとつ別の標本(PMO 222.667 )と、4種が多分岐群になっています。  

 スバールバルのオフタルモサウリダエには、まだ記載されていない標本が多くあるとされています。



  1. References:
  2.  
  3. Aubrey Jane Roberts, Patrick Scott Druckenmiller, Glenn-Peter Saetre & Jørn Harald Hurum (2014) 
  4. A New Upper Jurassic Ophthalmosaurid Ichthyosaur from the Slottsmøya Member, Agardhfjellet Formation of Central Spitsbergen. 
  5. PLoS ONE 9(8): e103152. 
  6. doi:10.1371/journal.pone.0103152
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 白亜紀の北極地方は今よりも暖かく、恐竜が暮らしていたことは知られていますが、渡り(季節的な移動)をしたのかどうかが話題になります。

 最近では、最北端の恐竜化石(2014年4月)やエドモントサウルスは1年中極地方にいた(2012年2月)で紹介しているように、渡りはしなかったとする説が増えています。

 今回、アラスカで、極地方では最大となる新たな足跡化石群が発見され、報告されています。

 ほとんどがハドロサウリダエ(ハドロサウルス科)の足跡で、渡りをせず、一年中、大きな群れで暮らしていたと考えられています。

 
 白亜紀後期の地層(Cantwell Formation)で見つかったもので、足跡の形状や皮膚印象から、ハドロサウリダエであり、Hadrosauropodus と考えられています。  

 アラスカで唯一見つかってハドロサウリダエの体化石は、エドモントサウルスだけなので、その足跡のようですね。  

 足跡化石は、体化石と異なり、行動様式がわかるのですが、今回の発見からわかることとして、以下の点が示されています。


 
  1. 高緯度地方で、一年中暮らしていた  
  2. 温室効果による温暖化が大型恐竜が群れで暮らすことをサポートした  
  3. 多世代の群れかなる大きな集団で暮らしていたことの初めての確実な証拠:足あとの長さから成長段階の異なる4段階のグループに大別され、非常に大きな群れで暮らしていた  
  4. この恐竜の初期の成長が早かった
 

 また、植物の他、無脊椎動物、昆虫などの化石も産出するそうです。



  1. References:
  2.  
  3. Anthony R. Fiorillo, Stephen T. Hasiotis, and Yoshitsugu Kobayashi (2014) 
  4. Herd structure in Late Cretaceous polar dinosaurs: A remarkable new dinosaur tracksite, Denali National Park, Alaska, USA. 
  5. Geology (advance online publication) 
  6. doi: 10.1130/G35740.1
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最北端の恐竜化石

 北極圏からの恐竜化石の発見は珍しくないのですが、今回、最も高緯度な場所からの恐竜化石が報告されています。

 当時は、大陸とは隔離された島大陸で、冬の間も渡りをセずに暮らしていたと考えられています。

 カナダの北極圏(北緯80度付近)にあるアクセル・ハイバーグ島の白亜紀後期(カンパニアン)の地層(Kanguk Formation)で発見されたハドロサウルス類の脊椎骨です。

 鳥類を除き、最も北からの恐竜化石とされています。

 カンパニアン当時、北米大陸西部や南部とは、それぞれ西部内陸海道とハドソン海道で隔離されていた場所からの発見です。

 よって、大型ハドロサウルス類は、白亜紀後期、1年を通して北極圏の島大陸に生息し、冬の間も南の方には渡りができなかったと考えられています。

 落葉樹が葉を落とす冬の間、非落葉針葉樹などを食べていたと考えられています。



  1. References:
  2.  
  3. Matthew J Vavrek, Len V. Hills & Philip J. Currie (2014) 
  4. A Hadrosaurid (Dinosauria: Ornithischia) from the Late Cretaceous (Campanian) Kanguk Formation of Axel Heiberg Island, Nunavut, Canada, and Its Ecological and Geographical Implications. 
  5. Arctic 67(1): 1-9 
  6. DOI: http://dx.doi.org/10.14430/arctic4362
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 白亜紀当時、比較的温暖だったとはいえ、冬は白夜の極地方、そこに棲んでたティラノサウリネ(tyrannosaurine、ティラノサウルス亜科)は、比較的小型だったようですね。

 今回、アラスカにある白亜紀後期(マーストリヒチアン、7000-6900万年前)の地層(Prince Creek Formation)で発見されたティラノサウリネが記載されています。論文はオープンアクセスです。

 Nature News では、トロオドンは極地方で逆に大型化したのに・・・と紹介しています。

 学名は、Nanuqsaurus hoglundi (ナヌクサウルス・ホグルンディ)で、属名の"Nanoq"は、先住民の言葉から、"ホッキョクグマ(polar bear )"の意味です。  

 部分的な化石しか見つかっていないこともあり、2つの系統解析結果が示されています。

 いずれも派生的なティラノサウリネで、そのひとつでは、タルボサウルス+ティラノサウルスからなるクレードの姉妹群とされています。

 図は、系統関係に時間軸を当てはめたもの(Anthony R. Fiorillo & Ronald S. Tykoski ,2014)。 赤字が、ナヌクサウルスです。

 ティラノサウロイデアは、小型種の Xiongguanlong baimoensis (シオングアンロン)がアルビアン末(1億年前)で途絶えたのち、カンパニアン後期(8200万以降)になると、派生的なグループとなり、一気に多様性が増していますね。


  
Tyranno.jpg

 エドモントサウルスは1年中極地方にいた(2012年2月)で紹介していますが、渡りをせずとも、エサとなる恐竜はいたようですが、冬は闇という厳しい環境だったためか、頭部の長さは、60ー70センチ、推定全長は約7メートルと比較的小型です。




  1. References:
  2.  
  3. Anthony R. Fiorillo & Ronald S. Tykoski (2014) 
  4. A Diminutive New Tyrannosaur from the Top of the World. 
  5. PLoS ONE 9(3): e91287. 
  6. doi:10.1371/journal.pone.0091287
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 マンモスなどが棲んでいた第四紀後期の極地方は、これまで、イネ科植物が優勢なマンモスステップと考えられてきました。

 しかし、もはや、そう単純な復元図は通用しないようです。

 今回、およそ5万年にわたる植生を解析し、より多様な植物が生えていたとする論文が報告されています。

 また、大型動物類の絶滅の原因は気候の変化と言われていますが、およそ1万年前の植生の変化が絶滅につながったと、ナショジオが紹介しています。 


 
 従来は、花粉分析が主でしたが、今回は、大規模に植物のDNAなどを分析したもの。  

 その結果、イネ科型草本植物(graminoid)だけではなく、イネ科以外の広葉草本植物も生えていたとされています。  

 最終氷期極大期(2.5万年ー1.5万年)になると、寒冷化し乾燥し、植物の多様性は減少しますが、広葉草本植物は残っていました。  

 そして、氷河期も終わりの1万年前には暖かくなります。しかし、これらのタンパクが豊富な植物は回復せず、これが、大型動物相の絶滅につながったと考えられています。


  1. References:
  2.  
  3. Eske Willerslev et al., 2014 
  4. Fifty thousand years of Arctic vegetation and megafaunal diet. 
  5. Nature 506 (7486): 47-51 
  6. DOI: 10.1038/nature12921
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  恐竜化石は、北緯82度以上の高緯度からも見つかっています。では、極寒の冬はどうしていたのでしょうか。

 これを説明する説として、代謝率が高くて寒い冬をやり過ごせたという高代謝説と、冬は南の方へ移動していたという渡り説があります。
 この渡り説、アラスカにある白亜紀後期の地層で確かめた研究について、米国地質学会(GSA)年会で報告されます。結論として、ここのエドモントサウルスは渡りをしなかったとされています。

 
 白亜紀後期の地層(PRINCE CREEK FORMATION)で発見されているエドモントサウルスとトロオドンについて、その歯のエナメル質に含まれるストロンチウムの同位体比(87Sr/86Sr) を比較したもの。  

 ストロンチウムの同位体比は、地域によって異なり、当時の堆積物の環境を反映するとされています。  

 両者に違いはなく、トロオドンは渡りをしなかったと考えられることから、ここのエドモントサウルスも渡りをしなかったとされています。  

 

  1. References:
  2.  
  3. MORI, Hirotsugu(森 浩嗣), and DRUCKENMILLER, Patrick [2013] 
  4. LASER-ABLATION MC-ICP-MS ANALYSIS OF ALASKAN EDMONTOSAURUS (LATE CRETACEOUS, PRINCE CREEK FORMATION) TO TEST ARCTIC DINOSAUR MIGRATION HYPOTHESES. 
  5. GSA Paper No. 126-21
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 アラスカにあるユーコン川で、たくさんの恐竜の足跡化石が見つかったそうです。中には、アンキロサウルス類の足跡も含まれています。Juneauempireが紹介しています。

 9000万-1億年前とされ、アラスカでは最古の恐竜化石とされています。今まで見つかっているのは、約7000万年前です。
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 角竜は、成長するに従って、フリルや角などの形状が変化していくことが知られています。

 今回、角が無く、鼻先に分厚いコブ状の鼻突起(nasal boss)があるのが特徴の角竜、パキリノサウルスの成長変化について考察した論文が報告されています。全文が読めます。

 その鼻突起においても独自の進化ステージがあったとされています。幼体や亜成体から記載する時は、注意が必要ですね。


 アラスカで発見された未成熟の Pachyrhinosaurus perotorum の新標本から、その個体発生的な特徴について考察したもの。   

 Pachyrhinosaurus 属には3種いますが、6900万-7000万年前のち総出発見され、2011年に記載された種です。「アラスカからパキリノサウルス属の新種(2011年8月)」で紹介しています。  

 今回の標本には、新しい特徴の組み合わせが見られ、特に鼻突起において、独自の進化ステージがあったと考えられています。


  1. References:
  2.  
  3. Anthony R. Fiorillo & Ronald S. Tykoski (2013) 
  4. An Immature Pachyrhinosaurus perotorum (Dinosauria: Ceratopsidae) Nasal Reveals Unexpected Complexity of Craniofacial Ontogeny and Integument in Pachyrhinosaurus. 
  5. PLoS ONE 8(6): e65802. 
  6. doi:10.1371/journal.pone.0065802
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 およそ7000万年前、一部のエドモントサウルスは、渡りではなくて長い間極地方にいたと、 ScienceDailyが紹介しています。  

 比較的暖かい地方と、極地方で、年間を通して棲み分けていたようです。 2月に、エドモントサウルスは1年中極地方にいた で紹介しました。

 アラスカから発見された化石は、この地方で春先に雪解け水で起こる洪水に似た洪水堆積物から見つかっているそうです。 

 つまり、恐竜が冬の期間移動して、低緯度地方にいたのなら、洪水に巻き込まれてなかったと考えられています。  

 一方、温暖だったカナダ・アルバータで見つかる骨の微細構造は、木の年輪にあたる成長線が一様なことから、年間を通して厳しい環境にいたというわけではないとしています。  
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 白亜紀後期、当時の北極あたりでも恐竜化石が発見されることから、一部の恐竜は、季節的に極地方に渡りをしたのではないかと考えられています。  
 
 今回、極地方と温暖な地方に棲んでいたでエドモントサウルスの骨の構造比較から、季節的移動ではなく、年間を通して生息していたのではないかとする論文が報告されています。  

 論文は、白亜紀後期(約7000万年前)のエドモントサウルスの骨組織を分析したもの。極地方にいたエドモントサウルスは、長い冬の夜を耐えたとされています。  
 
 一方、 温暖な気候に生息していたエドモントサウルスの骨の微細構造から、年間を通して厳しい環境にいたというわけではないとしています。  
 
 これらのことから、極地方にいたエドモントサウルスは、夏だけやってきたといった季節的な移動ではなく、寒い冬も含め1年中極地方に生息していたのではないかとされています。  
 
 そして、極地方のエドモントサウルスの骨に残された越冬シグナルは、白亜紀後期に恐竜がどんな生活をしていたのか、貴重な情報を与えるとされています。
 


  1. References:
  2.  
  3. Chinsamy, A., Thomas, D. B., Tumarkin-Deratzian, A. R. and Fiorillo, A. R. (2012) 
  4. Hadrosaurs Were Perennial Polar Residents. 
  5. The Anatomical Record: Advances in Integrative Anatomy and Evolutionary Biology (advance online publication) 
  6. doi: 10.1002/ar.22428
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 獣脚類や鳥脚類の成長速度に関する報告はありますが、角竜についてはほとんど報告されていませんでした。

 今回、北極圏で発見されたパキリノサウルスの骨化石の組織科学的分析から、その成長などについて考察した論文が報告されています。

 Discovery News が紹介しています。

 

 アラスカ北部にあるノーススロープの白亜紀後期(early Maastrichian )の地層(Prince Creek Formation)で発見された大たい骨の成長線を解析したもの。

 高緯度で発見される化石のほうが、成長線がはっきりしているそうです。成長の速い時期と遅い時期の違いがはっきりしていたのでしょうか。

 8月にアラスカからパキリノサウルス属の新種 で紹介した同じ地層からの発見です。ただし、今回の化石は、Pachyrhinosaurus sp. で、種は未定です。

 

 9歳で性的に成熟し、死んだのは19年だったとされています。1例だけのようですが、寿命はともかく、極地方では幼体の成長は早かったとされています。

 またそこでは、カメやクロコダイルなど普通発見される化石は見つかっていないそうです。厳しい環境の極地方まで移動するのが困難だったのでしょうか。

 

 

  1. References:
  2.  
  3. Gregory M. Ericksona & Patrick S. Druckenmillerb, 2011
  4. Longevity and growth rate estimates for a polar dinosaur: a Pachyrhinosaurus (Dinosauria: Neoceratopsia) specimen from the North Slope of Alaska showing a complete developmental record
  5. Historical Biology, 23(4), p. 327-334, 2011
  6. DOI:10.1080/08912963.2010.546856
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 アラスカの北極圏にある白亜紀後期の地層で発見されたパキリノサウルス属の新種が記載されています。

 アラスカでは、以前からパキリノサウルスの化石発見の報告が多いのですが、最も緯度の高い位置からの角竜類の発見です。

 セントロサウルス類(centrosaurine)で、Pachyrhinosaurus perotorum と命名されています。

 

 図は系統関係に年代を当てはめたもの。

  Pachyrostra という新しいクレードが提唱されています。また、Pachyrhinosaurini は、クレードの定義を修正しています。

 Pachyrhinosaurus perotorum は図の一番上にあり、3種のPachyrhinosaurus の中で、6900万-7000万年前と、最も若い種とされています。

 図を見ると、角竜が見つかっていなかったプロトケラトプスとトリケラトプスの間を埋めるような角竜ですね。

 

 Pachyrhinosaurus_2.jpg

 

 次の図は、3種のパキリノサウルスの比較。

 スケールは異なります。P. perotorum のグレイの部分は未発見です。

 パキリノサウルスには角が無く、鼻先に分厚いコブ状の突起(nasal boss)があるのが特徴です。3種はよく似ていますが、フリルの形状などが異なっています。

 P. perotorum には、フリルの穴の内部に向かって小さなツノがあります。とすると、この穴が、なんらかの膜で閉じられていた可能性は低いですね。

 

 A:P. perotorum    B :P. canadensis    C :P. lakustai

 

Pachyrhinosaurus.jpg 

 

 

References:

  1.  
  2. Anthony R. Fiorillo and Ronald S. Tykoski, 2011
  3. A new species of the centrosaurine ceratopsid Pachyrhinosaurus from the North Slope (Prince Creek Formation: Maastrichtian) of Alaska
  4. Acta Palaeontologica Polonica in press available online 26 Aug 2011
  5. doi:10.4202/app.2011.0033
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