「おらが町に恐竜がいた」とか「日本の恐竜にも多様性があった」などといわれますが、中生代に"日本"はあったのでしょうか。
日本列島の誕生は約7億年前。原日本は、当時の南中国地塊の周辺にあった島孤に起源があるとされています。
しかし、日本列島は、太平洋に浮かぶ独立した島々として進化してきたわけではありません。長い間、アジア大陸の一部(東縁)であり、2000万年ほど前に日本海が生まれ、アジア大陸から独立したに過ぎません。
現在の日本となる部分は、中生代当時は大陸の様々な位置に散らばっており、一部は堆積中で、一部はまだ海の底。中生代に"日本"は無かった、というのが実感です。
つまり、"都道府県"どころか"日本"の範囲が不明確なわけで、「恐竜がいたアジア大陸の一部が、たまたまおらが町になった」だけで、多様性があったのは東アジアの恐竜でしょう。
さて、恐竜のいた時代、アジア大陸の東の縁(ふち)はどんな様子だったのでしょう。日本列島の発達のイメージを簡単にまとめてみました。
最も新しい情報としては、地学雑誌の最新号[120(1)]で解説されています。特集号:日本列島形成史と次世代パラダイム(Part III)です。
最近の研究成果により、アジア大陸の東縁は、海側へと一方的に広がり続けたとする単純なシナリオではないことがわかってきているそうです。
なお、地学雑誌の記事は、一定期間たつと全文が読めるようです。たとえば、日本列島形成史と次世代パラダイムの Part II は公開されています。
基本用語
基本的な用語を整理しておきましょう。
- 海洋プレートの沈み込み:海洋プレートが大陸の縁に沈み込むことで、海溝ができ、火山活動が活発になり、付加体が生じます。
- 火山フロント(Volcanic front):海洋プレートの沈み込みに伴うマグマ活動により、火山活動が活発な場所です。火山活動は、海溝に沿ってほぼ平行に活発になるため、火山フロントも海岸線に平行になります。海洋プレートの沈み込みに伴うマグマ活動については、プルームテクトニクス理論(1)の図をどうぞ。
- 付加体(Accretionaty complex):付加体とは、海洋プレートの沈み込みにより、その上にある堆積物がはぎ取られ、陸側に付加したものです。付加体により、大陸の縁は海側へと広がっていきます。
- 構造浸食(Tectonic Erosion):プレートの沈み込みによる孤地殻が減少する現象。
- バソリス(batholith):バソリスとは、地下で固まったマグマの塊が地上に露出した深成岩体のこと。花崗岩バソリスなどがあります。
日本列島の発達のステージ
日本列島の構造の発達史は、以下の3つのステージに分けられています。
1)約7億年前 - 約5億2000万年前:受動的大陸縁のステージ
2)約5億2000万年前 - 約2000万年前:活動的大陸縁のステージ
3)約2000万年前以降:島孤のステージ
約7億年前:日本の誕生
約7億年前、超大陸ロディニア(Rodinia)が分裂して、南中国地塊(South China)が分離します。
原日本(Proto-Japan)の主体は、この南中国地塊の周辺にあった海洋の島孤に起源があるとされています。
その後、約2億年ほどは、大陸周辺に位置します。やがて、海洋プレートの影響を大きく受ける活動的なステージに入ります。
約5億2000万年前以降:肥大と縮小の繰り返し
この時期、大陸縁の造山帯として発達しました。海洋プレートの沈み込みに伴うマグマ活動により、火山フロント(Volcanic front)直下で、火山活動による若い大陸地殻が形成されます。
また、大陸縁辺部では、大規模な浸食と、海溝での大規模な付加体の形成により、海側へ広がっていきます。
最近の研究により、アジア大陸の東縁が常に地殻が増えて海側へと広がり続けてきたという単純なシナリオではなかったとされています。
形成された地殻が浸食・削減され、マントルへと移送されたことが少なくとも数回起き、肥大と縮小を繰り返し複雑な歴史を持っているとされています。
南中国沖にあった原日本は、南中国地塊の移動に伴い、移動します。肥大と縮小を繰り返し、古生代前半(シルル紀)には、いったん島孤を形成したのですが、石炭紀-ペルム紀になると、大陸の一部になります。
ジュラ紀後期(約1億5000万年前)
約2億1000万年前までに、北部にあった古アジア海は、ほぼ完全に閉塞します。
東アジア大陸の衝突や合体はほぼ完了し、大陸東縁の形がほぼ定まったとされています。
図は当時の東アジア東縁の古地理図。磯﨑ら(2011)を参考に、イメージ化しています。
図で、海洋プレートであるイザナギプレートは、矢印の大陸方向に進み、大陸の縁で沈み込みます。
そして、大陸の東縁では、イザナギプレートの上にある堆積物がはぎ取られ、陸側に付加して大規模な付加体(黄色の部分)が形成されます。
つまり、この時期、大陸は海に向かって広がっていきました。
白亜紀前期(約1億3000万年前)に、イザナギプレートは北東方向に斜めに沈み込み、横ずれ運動が引き起こされます。
これが、現在の中央構造体などの断層の原型となったとされています。
白亜紀中頃(約1億年前)
ジュラ紀中期から後期にかけて活発だった付加体の成長は白亜紀前期まで継続したとされています。
しかし、白亜紀中頃(約1億年前)になると、大規模な構造浸食が起きます。
その結果、白亜紀より前に形成された付加体や、三畳紀-ジュラ紀の花崗岩バソリス(batholith)が大量に消えてしまいます。
右図では、上の図にあった黄色の陸部分が消えてしまい破線で示されています。付加体に堆積した化石も、マントルの中へと沈み込んでしまいました。
そして、将来の日本列島の母体となる部分は、図で赤い範囲の大陸の縁、日本孤(Japan arc) です。ジュラ紀中期の古地理図では、内陸部分になります。
その後も、付加と構造浸食は繰り返されます。
現在よりも低緯度(南)に位置し、豊浦層群(下部ジュラ系)や領石層(最下部白亜系)などが堆積しました。
なお、手取層群は、かなり北方の北中国地塊内部で堆積したとされています。
日本で見つかる恐竜化石は、東アジアの東縁の一部に棲んでいた恐竜にすぎません。
約2000万年前以降:日本海の誕生
約2000万年前にアジア大陸東縁が局所的にリフティング(隆起)され、背孤海盆(日本海)が拡大します。
その結果、日本はアジア大陸から分離し、陸孤から島孤へと姿を変えたとされています。このあたりでようやく、日本の輪郭がはっきりしてくるのです。
そして、大陸の様々な位置にあった部分と、海洋堆積物からなる付加体の寄せ集めで、現在の日本列島ができあがります。
そして2億5000万年後:超大陸アメイジアの誕生
現在のプレート活動がこのまま継続すると、約5000万年後にはオーストラリア大陸が、そして、2億5000万年後には北米大陸がアジア東縁に衝突するとされています。
超大陸、アメイジア(Amasia)が誕生するのです。Amasia とは、America +Asia の造語です。
- References:
- 磯﨑行雄・丸山茂徳・中間隆晃・山本伸次・柳井修一
- 活動的大陸縁の肥大と縮小の歴史--日本列島形成史アップデイト--
- 地学雑誌,120(1), p.65-99, 2011
- Pacific-type orogeny revisited: Miyashiro-type orogeny proposed
- Shigenori Maruyama
- Island Arc, 6(1), p.91-120, 1997
- DOI: 10.1111/j.1440-1738.1997.tb00042.x
- 日本列島の自然史 (国立科学博物館叢書)(東海大学出版会)