トリケラトプスという学名が消えて、トロサウルスになるのではないかとの話題がぶり返しているようです。
昨年話題なりましたが、トロサウルスは、成長したトリケラトプスという論文が誤解されているようです。
同一種とすれば、トリケラトプスの学名の方が記載が早く、先取権というルールにより、トリケラトプスが有効名です。

上は、いずれもトリケラトプスの頭部(John B. Scannella et al., 2011)。左は、亜成体で、右が、かつてトロサウルスとされていた成熟した成体。
フリルや角の角度などが異なりますが、成長段階の違いとされています。なお、その後、別種とする論文も報告されています。
今回、恐竜の名前(学名)は、どのようなルール(規約)によってつけられるのか、まとめてみました。
命名の早い者勝ち(先取権)に加え、2000年に発効した新しいルールでは、先取権の逆転と強権発動という条項が加わりました。
先取権が杓子定規に適用されるわけではありません。今回の場合、たとえトリケラトプスが遅い記載であっても、その学名は残されたことでしょう。
命名規約の目的は、学名の安定性であり、最終的に、長年慣れ親しんできた有名な学名は残されるようになっています。
国際動物命名規約
動物の学名についてのルール(規約)は、国際動物命名規約(International Code of Zoological Nomenclature)です。最新版は第4版(2000年1月1日発効)です。
動物命名法国際審議会(ICZN)が作成し(著者)、国際生物化学連合(IUBS)により採択されています。
強制力のある条項と、強制力のない助言的な勧告からなります。
例えば、タイプ標本はそれなりの研究機関に供託するべき、とか、新しいタクソンの判決文を国際的に広く使用されている言語(英語とは書かれていない)で公表するべき、などというのは勧告です。学名としての適格要件を満たせば、日本語の記載でも適格名です。
規約(英文)は、The Code online(ICZN)で公開されています。用語集(Glossary)もあります。日本語版は、日本分類学会連合から入手できます。
条1.に定義があります。動物命名法は、現生と絶滅動物の分類学的単位(タクソン)に対して適用する学名の体系(システム)で、系統関係に関するルールではありません。
異名と先取権
よく問題になるのが、1つのタクソンに複数の学名がつけられる異名(synonym、同物異名とも)と、先取権(priority)です。
条23.に、先取権の定義があります。
23.1 先取権の原理の声明 あるタクソンの有効名は、そのタクソンに適用される最も古い適格名である。
同じ動物に異なる名前がつけられた場合、公表日が早い名前を、古参異名(senior synonym)と言い、先取権があります。 一方、後からつけられた(公表日が遅い)名前は、新参異名(junior synonym)と 言います。
プロントサウルス(Brontosaurus)とアパトサウルス(Apatosaurus)の例が有名です。1879年に記載されたブロントサウルスですが、後に両者は同一種とわかりました。
よって、1877年に記載されたアパトサウルスの学名が有効名(valid name)で、ブロントサウルスは無効名(invalid name)となっています。
下のイラストは、マーシュが、1899年に描いたというブロントサウルスです。出典は、Wikipedia。古くから竜脚類の代名詞だったブロントサウルスの名前は、今でもレトロな商品に登場します。
今回のトリケラトプスとトロサウルスの場合、それぞれの記載年が、1889年と1891年ですから、同一種とすると、トリケラトプスのほうが早い古参異名で、トリケラトプスの学名が有効名になります。
ティラノサウルスはなぜ改名されないのか/優先権の逆転
Manospondylus gigas(マノスポンディルス)は、1892年、コープにより命名された恐竜です。2000年に同じ場所から、この恐竜の残りの部分と思われる化石が新たに見つかり、Tyrannosaurs rex (T.rex )と同一種であることが判明しました。
T.rex は、1905年にヘンリー・オズボーンによって記載されたことからすれば、先取権により、Manospondylus gigas に改名されるはずです。
では、 T.rex はなぜ改名めされなかったのでしょうか。
実は、先の 23.1 先取権の原理の声明 には続きがあり、適用除外が示されています。具体的には、
23.9 の優先権の逆転で、
23.9.1. 次の条件が両方とも当てはまる場合は、慣用法を維持しなければならない。すなわち、
23.9.1.1. 古参異名または古参同名の方が、1899年よりも後に有効名として使用されていないこと。かつ、
23.9.1.2. 新参異名または新参同名のほうが、特定タクソンに対する推定有効名として、直近50年の間で10年間を下らない期間中に少なくとも10人の著者によって公表された少なくとも25編の著作物上で使用されていること。
つまり、多くの著作物に使用されている T.rex の学名は、1899年以降使われていない Manospondylus gigas になることはないというわけです。
この場合、Manospondylus gigas は、遺失名(nomen oblitum)となります。学名としての要件を満たす適格名ですが、優先権を失い有効名ではありません。一方、優先権を持つ若い方の T.rex という学名は、擁護名(nomen protectum)と呼ばれます。
新しい命名規約は、 T.rex の学名を維持するために改定された感じのする改訂ですね。
強権発動
さらに、条.81 に、強権発動 という条項があります。
規約を適用すれば混乱が生じる場合、動物命名法国際審議会(ICZN)は規約の適用を緩和する強権を発動でき、本来なら無効名な学名を保全名(conserved name)として、有効名として認めることができるのです。
有名な恐竜は特別扱いされるのか・・・と皮肉る声が聞こえてきそうですが、命名規約の本来の目的が、学名の安定であり、無用な混乱をさけるため、当然の措置なのでしょう。
なお、ICZN の Palaeontology & Biostratigraphy で、T.rex が残り、ブロントサウルスが改名されたことについて簡単に触れられています。
ブロントサウルスの場合、名前を変えてもそんなに大騒ぎにならないと考えられたようです。